2019年12月中国の重慶で初めて報告された新型コロナ感染大流行に伴い、北朝鮮は20年1月に中朝国境を封鎖して脱北者送還受入を拒否し、2月には派遣労働者の帰国も止めた。
中国は新型コロナ拡大防止のため全国的に都市封鎖を行い防疫監視網も構築した。特に、顔認識機能を持つ監視カメラを大量に設置して移動統制を強化し、住民登録のない脱北者は逮捕・拘禁され、中国人と結婚していた一部の脱北女性には臨時居住証を交付したりした。
脱北者が運営するインターネットメディア「フリーダム朝鮮」によれば、20年からは逮捕・拘禁した脱北女性を中国労働教化所の収監者労役場に集団配置し、極めて少ない賃金で強制労働させて労働搾取したそうだ。
今年7月、北朝鮮で新型コロナ封鎖緩和政策がとられ、保衛部は中国公安に脱北者送還受入を通知して8月末には250~300人が1次送還された。杭州アジア大会で習近平国家主席と会った韓悳洙韓国国務総理は、韓国政府が韓国行きを望む脱北者を全員受け入れるので強制北送中止する旨要請したが、中国は強硬だったそうだ。中国は公式に、脱北者を「不法越境者」と見做しており「難民」と認めていない。しかし、脱北者が送還された場合に被る処遇については百も承知しているはずだ。
中国も加入している国連難民条約は第33条で「締約国は、難民を…(中略)その生命又は自由が脅威にさらされる恐れのある領域の国境へ追放し又は送還してはならない」と規定。拷問等禁止条約の第3条は「いかなる締約国も…(中略)拷問を受ける危険がある(中略)国へ追放し、送還し又は引き渡してはならない」と規定している。中国はこれらの「強制送還禁止原則」を全く無視している。
そして10月9日夜、吉林省と遼寧省の刑務所に収監されていた約620人の脱北者を突然北朝鮮に強制送還した。国連と対北人権団体は中国抑留脱北者を2,000~2,600人と推定しているが、具体的人数確認はできていない。しかし、まだ抑留脱北者が数百名以上残っているとみられ、今後の追加強制送還が憂慮される。なお、北朝鮮派遣労働者の遼寧省丹東からの帰国は8月28日から複数回行われている。
陸路脱北の道は閉ざされた
中国でコロナが拡散する以前から朝中国境管理は双方で強化され、ブローカーの手数料も高騰して陸路脱北は困難になっていた。加えて、コロナが拡散すると顔認識機能付きの監視カメラが全国に設置され、また、公共交通手段利用時には身分証提示が求められ事実上中国内移動が不可能な状態だ。
こうした状態で残された道は海路である。しかし海路での脱北も非常に難しい。船と燃料の調達、そして北朝鮮海軍の警備・監視網を避けなければならない。
親北の文在寅政権時に韓国海軍の艦艇が自衛隊機に対して攻撃用レーダー照射をした事件があり、日本の謝罪要求に対して韓国側は「北朝鮮船員救出」を妨害したと反発したことがある。しかし、この船員たちは「北で反乱を企てて脱出を図り、北朝鮮が韓国に拘束を依頼した」との話もあり、韓国は救助した船員に関した詳細な説明をしていない。
2019年11月、北朝鮮から木造船に乗って2人の漁師が韓国に亡命してきたときも「16人の同僚を殺して逃げたやつら」という北朝鮮側の主張を受け、まともな取り調べもせず、ほぼ秘密裏に強制送還した。この事実は尹錫悦大統領に代わってから明らかにされ、強制送還時の映像も公開された。なお、2人は送還2か月後に見せしめで処刑された。この事件は、脱北者に「韓国に行っても強制送還される」との思いを抱かせ、韓国入国脱北者を急減させた。
それから4年経過した、今年の10月24日北朝鮮住民4人が木造船で韓国に亡命してきた。しかし今後、海路脱北が増加するとは思えない。仮に増加したとしても、民間NGO団体が海上で脱北を支援できるだけの装備と資金を準備するのは困難である。従って民間NGO団体の脱北行為支援活動は縮小せざるを得ないだろう。
残されているのは、合法的に国外に出て外貨稼ぎに従事している派遣労働者の脱北支援である。北朝鮮は単純労働者だけでなくIT技術者を期限付きで多数中国系企業に派遣している。彼らは各種ソフトプログラム下請けや、仮想通貨ハッキング、インターネット賭博等に従事させられているという。こうした職場から脱北希望者が脱出した場合の支援は可能である。そのためには、世界各国に進出して北朝鮮人権問題に強い関心を持ちアンテナを張っている韓国の伝道師とのネットワーク構築が必要だ。