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【News117】「毎日新聞」東京版夕刊より転載連載 花谷寿人の体温計 脱北者の次の夢

 これは5月20日、毎日新聞の東京版夕刊に掲載された論説委員の花谷寿人氏のコラムです。

花谷氏は当基金のNEWS116に掲載された松原京子さんが書かれたエッセイ「諦めなければ、夢は道を作る」を読まれ、彼女を直に訪ね、話し合われ、感じ、考えられたことを書かれました。その内容がとても暖かく、励まされるものであったので、NEWS117への転載を希望したところ、快諾されました。感謝いたします。2月28日付けで、彼女の文章も当基金のホームページにアップされていますので、併せてお読みください。 (編集部)

 

 「私たちは今、コロナ時代を生きている。同じ状況でも、ある人にとってはパラダイムを果敢に変えて、新しい領域を作っていくチャンスとなり、ある人にとっては暗鬱なだけだろう」

 

 こんな文章を最近読んだ。パラダイムを変えるとは考え方を変え、あきらめないことだ。

 コロナ禍を乗り越えて前向きに生きようとしている。その人が、北朝鮮を脱出して夫と10年前に来日した40代の女性だと知れば、驚くばかりである。

 

 日本語が一切理解できず、お金も全くない。そこからスタートした彼女を支えたのは「今日より明日はもっと良くなるという希望」だった。

 

 半年ほど前に取材した彼女が難関の国家資格「宅地建物取引士」(宅建士)の試験に合格した。2度目の挑戦だった。脱北者の生活を支援するNPO法人「北朝鮮難民救援基金」の加藤博理事長が手紙で教えてくれた。

 日本語は外国人には難しい。仕事に必要な専門用語であれば、なおさらだ。昨年、東京都内のマンションに彼女を訪ねたとき、リビングの辞書に目が止まった。

 

「宅建の試験に合格するのは大変だと分かっていますが、頑張っています」。夫婦でマンションのリフォーム業を立ち上げていた。軌道に乗せるには、どうしても取得したい資格だった。

 

 命懸けの脱北、中国に隠れ住んだ日々。苦難の連続だった。自由な日本に来たときは「どんなことにも耐えられる」と思ったが、足場を築くのは容易でなかった。

 

 難民救援基金のニュースレターにこう書いている。

「夢は不毛の地で道を作り出す勇気、情熱、知恵、果実を与えてくれる。だから私は今日も夢を語り、記憶し、そして働く」

 

 自身はようやく未来を切り開いた。今度は、かつての自分のようにゼロからスタートし、必死に努力する他の脱北者たちの力になろうと考えている。

 来日後の10年間を見守ってきた加藤理事長は、その成長を頼もしく感じている。

 苦境の中で誰かに支えられ、一歩を踏み出せた。次は自分が別の誰かを支える番だ…。

 コロナ禍でもきっと、そんな支援の連鎖が生まれている。

(論説委員)

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