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【テレビ番組評】テレビ東京「ガイアの夜明け」 「北朝鮮潜入!経済制裁下で1年の独自取材!」の不実 金順姫

 

 2020年1月21日テレビ東京で放送された「ガイアの夜明け」の宣伝文句には「北朝鮮潜入!経済制裁下で1年の独自取材!」とあり、何より「潜入」というワードに惹かれて番組を見た。

「デジタル大辞泉」で意味を調べると「潜入とは見つけられないように、ひそかに入り込むこと」とある。 

 

 結論から言うと、番組の内容は「潜入」ではなく、北朝鮮側が見せたい部分だけを撮り、編集し、流した印象がぬぐえない官製番組だ。一見して北朝鮮の宣伝に近いものを感じた。 

 

 なぜ北朝鮮についてここまで敏感なのかというと、私は脱北する20代前半まで北朝鮮で過ごしたからだ。未だに家族は北朝鮮に残っており、生死の確認さえできない。北朝鮮の恐ろしさを誰より知る私としては、あの国の誤った情報を日本の視聴者らに、真に受けさせてはいけない、と強く思うからである。 

 

 已むに已まれぬ思いで、これらを書くに当たり、慎重を期したかった。私の情報が古い可能性があるため、最近、脱北した人に北朝鮮の変化について聞いてみた。しかし、携帯がかなり普及したこと、移動手段として電動自転車が見られるようになったこと以外、私がいた10年前とほとんど変わっていない。予測はしていたががっかりした。 

 

 北朝鮮は今まで海外メディアの取材を選択して受けいれるため、北朝鮮側の意を受けた取材チームでなければ1フィートの映像も撮れない。 「謎多き国」として有名なこの国は、稀に取材を受けるとしても自分たちの都合のいい部分だけを見せて、本質の部分は見せようとしないのが常である。 

 

 この番組が北朝鮮の広報戦略の意図するままに編集したという部分を一つずつ解説してみよう。 

 

北朝鮮国民の生活水準は本当に上がっているのか 

 まず、北朝鮮は、現在経済重視を謳っていて驚きの改革をなしているらしい。その一面として、街には中国のタクシーや電動自転車が多く走っていて、人々の手にはスマホがあり、高級惣菜店に客が溢れ飛ぶように売れていることから富裕層が増えていると紹介された。

 

 確かに私が脱北した10年前よりタクシーはかなり増えていて、以前は見られなかった電動自転車も走っているようにみえる。そして惣菜店にも惣菜の種類がかなり多い。スマホも最近、多く広まっていると聞いていたが、画面を見ると映っている人の多くがスマホを持っていて私がいた時と比べてかなり進んでいるように感じた。 

 

 これらは一見して政策の改革によって経済が向上したかのように見える。しかし、それらの多くは平壌の一部だけの話である。 平壌は、海外に宣伝するための北朝鮮の首都である。そのため、北朝鮮の実態を知るせるために平壌に焦点を当てて取材するのはそもそも間違いである。 

 

 私も脱北前には平壌で数年暮らした経験がある。その時、地方では想像もできないほど豊かな生活をする人と度々出会うことができた。 

 

 なぜ平壌には金持ちが多いのか。平壌には高位官僚を含むエリートや全国からのお金持ちが集まって住んでいる。中には、政府の命令で外国に行き来する人も多くいた。一般的に、北朝鮮では、国民の移動の自由がなく、国内での移動さえも厳しく制限している。そのため、外国に行ける人はかなり恵まれた一握りの人に過ぎない。 

 

 平壌にはこのように金持ちが多い上、国を挙げて支援を行なっている。全国の国民が平壌を支えていると言っても過言ではない。 当然、平壌市民の生活水準は地方より高く、地方では見ることもできないものも多く出回っている。 

 

 なぜこれらの豊かさが地方に流れないのか。 平壌に入るためには検問所があり、そこで厳しく取り締まるため、平壌市と地方は高い割合で分離されている。番組でも国産のインスタントラーメンやナマズの養殖場、温室で野菜を育てている風景などが紹介されたが、それらの多くはもちろん平壌市民の食を支えるものである。最近は地方の市場でも多少出回っていると聞いている。 

 

 今回紹介された動物園や度々他局のテレビ番組でも紹介される遊泳場などは、平壌市にしか存在しない。地方の都市にも小さな動物園が数カ所あるが、肉食動物は飢えて死んでしまったため草食動物しか残っていない。 

 

 また、番組では北朝鮮国民の平均月給は約8千円ほどであると紹介した。これは一部の幹部らの月収であり、一般の人はほとんど給料というものを手にしたことがない。

 

 さらに、取材班が咸鏡北道咸興市で日本人妻に「食料はどうしているか」と聞いた時、「白米と少しのトウモロコシの配給がある」と言っていた。これは嘘である。地方の配給制度は1995年にすでに崩壊している。 

 

では地方の人々はどのように生活しているのか。本来の趣旨とずれるため簡単に説明する。男性はほ とんど強制的に指定、配置された職業に従事しなければならないため、妻が闇市場などで商売、行商などの副業で生計を維持する。そのため、今も地方の方はかなり貧しい生活を余儀なくされており、街にはコッチェビ(ストリートチルドレン)が多いと聞いている。 

 

 北朝鮮社会の基本的な理解は、脱北後日本に定住した200人ほどの人たちに聞けばわかる話なのに、なぜ調査をしないまま、事実であるかのような誤報をするのか、残念だ。

 

金正恩時代になって変化はあったのか 

 今回度々紹介された「自力更生」のスローガンや楽団の宣伝活動、ナマズの養殖場、一般家庭にもカメラが入るところなど、宣伝方式は金日成、金正日時代から何一つ変わっていない。

 

 日本人妻の家や農民の若い夫婦の家など見せているが、違和感を感じないのか。どこも生活感のない部屋に思える。子供のおもちゃも全く新品である。子供を育ててみれば分かるだろうが、前日買ったおもちゃも投げたり、落としたり、舐めたりして、すぐに使用感が出てくる。しかし、画面の物は慌てて用意した感丸出しである。ディレクターもカメラマンも全く観察眼がない、だから案内員から勧められるままにカメラを回したのか。 

 

 ナマズの養殖場の宣伝も新鮮味がない。なぜなら、金日成時代は、養豚場を作り、「国民が白米に肉を食べられるようになったら悔いがない」と言っているドキュメンタリーを何十年も流していた。金正日時代には、山羊を多く育てている農村を紹介し、「草と肉を交換しよう」というフレーズを何十年も使っていた。金正恩時代はナマズという部門が変わっただけで祖父の真似に過ぎず何一つ新しいものはない。 

 

 当番組でも北朝鮮の第二都市である咸興市(ハムン)を取材している。地方の取材の許可が下りるのは珍しいことである。私も取材班が泊まったホテル周辺をよく知っている。町の中では一番綺麗な場所だ。ホテルの前にアパートが並んでいるがその間を抜けて10分ほど歩くと市民の生活を支える市場がある。そこが真の咸興市の風景である。もちろん取材の許可など下りるはずがない。おそらく10年前とあまり変わってない生活風景が広がっていて、市場では多くのコッチェビに会えただろう。 

 

 また、日本人妻の孫の例を挙げて、最近の若者はホテルで結婚式を挙げるケースが多いと言っていたがこれも嘘である。咸興市にはホテルが一つしかなく、そこで結婚式を挙げるのは幹部の家族ぐらいしかいない。とても希である。 

 

 取材班が咸興市に移動する時に、何人かの女性が果物を売る姿が映っている。余った桃を売っているとのナレーションが流れていたが、正確には余ったものではなく彼女たちの家族の生計を支える貴重な売り物だろうと思う。インタビューの答えを吟味することなく、そのまま採用したのだろうが、北朝鮮の生活実態を知らなさすぎる。

 

見せ方には大きな変化がある  

 今回の番組をみて感じたのは見せ方が大きく変わったことである。金日成や金正日時代は話すセリフが決まっていて、インコのように述べる映像が多かった。 

 

 先も述べたように桃を売る女性たちを排除せず見せるところや、若い夫婦の恋愛話を聞き出すところ、ナマズの養殖場で取材班と一緒に行った幹部が現場の責任者に「急に来たから燻製や真空パックでも見せよう」と言っているところなどは、台本通りだと思うが自然さを演出する工夫に進歩がある。 

 

「綺麗で安全な国」観光戦略に騙されてはいけない 

 最も怖いと感じたのは、北朝鮮が観光に力を入れており、観光客も増えているという点である。 

 

 私が注目したのは、フランス人の観光客が「街は思ったより安全だし人々はフレンドリーである」と述べている部分である。ワニが川の中に潜んでいるだけなのに、見えないからと言ってメコン川が安全だと思うのと同じくらいに大きな勘違いである。 

 

 分かりやすい例は、北朝鮮観光ツアーに参加したアメリカ人の大学生オットー・フレデリック・ワームビアが、政治宣伝ポスターを盗もうとした罪で北朝鮮当局に拘束され、2017年6月に昏睡状態で帰国し、その後死亡した事件である。このようなことが誰にでも起こりうるということを肝に命じておく必要があるだろう。 

 

 あの国のトップは、自分の兄や叔父を殺した金正恩という独裁者であることを忘れてはいけない。 

 

 最後に、ロシヤのヴィタリー・マンスキー監督が撮影した「太陽の下で-真実の北朝鮮-」では、8歳の主人公の少女リ・ジンミの両親が本来の職業とは違うのに、作品の中ではあたかもそれが正業であるように作られ、格上の職位に偽装されている。また、ドキュメンタリー作品であるにもかかわらずストーリーが決められていたことなど、カメラの裏では北朝鮮側のシナリオが用意されていたという。その真実を暴くため監督は、別のカメラでごっそり撮った映像データーを体に巻きつけて命がけで国外に持ち出したという。 

 

 北朝鮮が日本のテレビ局の取材を受け入れた時点で、日本側は政策の罠に疑問を持つべきであった。北朝鮮が制作陣の行動を制限し、創作した情報しか見せてくれないとしても、日本に帰国後、撮影した映像を元に専門家や脱北者を交えて解説を行うことはできたのではないだろうか。経済番組だと謳っているにしてもあまりにもテーマを粗雑に扱っていないか。 

 

 視聴者に真実を伝えることより、次回北朝鮮を取材する機会を逃さないため、気に障らないような編集になったのではないかと推測する。ジャーナリストが「忖度」を始めたら見世物でしかなくなる。「経済制裁下で1年の独自取材」と聞いては、開いた口がふさがらないのだ。

 

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